ちょんな
「ちょんな」とは、木を削る大工道具として
古くから使われている手斧の事です。


<平成25年10月>

 先日東京で竹内栖鳳という日本画家の展覧会を見た。竹内栖鳳という人は、1864年に京都の料理屋に生まれ1942年に亡くなった日本画家。近代日本画の先駆者で、同時代に有名な横山大観がおり、東京の大観に並び称される、京都画壇を代表する大家。
絵-1

 素晴らしい絵に鳥肌がたった。何が素晴らしいとうまく言えないが、神様の筆と言いたくなる。水墨というのは、洋画のような練り重ねが出来ない。私のようにここは失敗してしまったので、もう一度やり直そうと言うわけに行かない。(私を例に出すなどおこがましいが、何とたとえたら良いかわらないので悪しからず。) その一発勝負の筆が、得も言われぬライオンの勇猛な毛並みを見せてくれる。鋭い眼差しが画面を突き抜け遠くに注がれている。思わず私の背筋が伸びる。何を考えるでもなく、まるでその絵と勝負でもするように自然にお腹に力が籠もる。恐らく、そのライオンの絵が醸し出す静溢な緊張感がそうさせるのだろう。

絵-2

 他の絵では、水墨で描かれた50羽近い雀が飛んだり、顔を寄せ合ったり、まるでチュンチュンという鳴き声が聞こえそうな程に実にリアルに描かれている。たくさんの雀の賑わいが実感できて、スキップしたくなるような楽しさが伝わってくる。

 努力に努力を重ねた人の技が、人を感動させるのだなと思う。もちろんその人が持つ才能があってこそなのだけど、丹精込めた膨大な時間と気力の大きさが私たちを圧倒する。それがなければ、いくら才能があっても人の心を捉えられない。画面が希薄に感じられる。作家のそれまでのすべての思いを込めた画面からは、何故だか人の心を捉える息吹が伝わってくる。私の視線をしっかり受け止める確かな存在感が、そこにある。ずっと見ていると、画家がその絵を描いている時間と空間に迷い込んでしまったような感覚に陥る。エネルギーに満ちた大きな広がりの中に直立している自分を感じる。本当に丹精込めた人の技は、私たちに素晴らしい時間を与えてくれる。

<M.I>

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