2011年9月
杉さんと山ちゃん
川の工事では思いがけなく川魚やモズクガニが漁れたり、山に近ければ自然の中に山菜やキノコ類がありました。
漁港近くで昼休みにシラス漁の荷降しを見に行けば“持っていくか?”と云って茶わん一杯 取れたてのシラスを貰い、昼飯のおかずになりました。もちろん下心はありました。
北にある地区の仕事のときの事でした。
うちの会社には青森県出身の冬だけに稼ぎに来ている社員が2人いて、キノコやらの目利きができ山菜やキノコを教えられ、雑木の山からシメジやヒラタケを どっさり何て事もありました。
彼らの名前は杉沢(すぎさわ)と山館(やまだて)で“杉さん”と“山ちゃん”です。
30年以上も前の事で、今だから書ける事もあります。ある時、帰りの2tダンプの荷台にシートがかけられ、勢いよく帰ってきた2人は着くなり 嬉しそうに“シシ食うか?”
何事かと聞くと、現場は山の方で 近くに住む年寄りの女性から その家に逃げ込んで畑に閉じ込められたイノシシを何とかして欲しいと相談があった様子。
2人はツルハシとスコップを持って行ってイノシシをやっつけてしまいました。
今では当然許されない事。その当時でも心配はしましたが もうやってしまった事。ダンプの荷台のイノシシは2人によって見事に解体され、飯場と我家の冷蔵庫は 肉で一杯となりました。
又ある時 現場での昼休み、近くの吊橋のワイヤーロープにとまっていた鳶が突然、獲物を狙い川原の草むらに急降下。どうも野ウサギを捕まえた様子。2人はすぐに棒切れと石を投げつけ 鳶から獲物の横取りに成功。川原ですぐに解体し、その晩の酒のさかなの鍋に入りました。
タヌキ等いろいろ食べさせて貰いましたが 獲れるたびに“○○ちゃん、○○食うか?”
この嬉しそうに云う言葉と2人の姿が懐かしく、忘れる事ができません。
今では 病原菌がどうとか雑々な心配があり、この環境の中で命をかけてまでの冒険はできなくなりましたが、東北の人達の限られた食べ物を大切にする考えから 食べられる物を自分で判断し調達する術には 彼らが居る間中 驚かされる事ばかりでした。
私の命が今まであった事を 神様と 杉さんと 山ちゃんに 感謝したいと思います。
<T.K>